ただ単に仕事の内容ややり方を教えるだけがコーチングであると理解している人がしばしばいますが、それは違います。クライアントが自ら気付き、時に発見し、そのために自発的に行動を起こせるような状況や環境を作り出せなければ、正しいコーチングがなされたとは言えないのです。
ひとりの人間を“種”だと考えてみましょう。成長するに従って芽を出し、それを伸ばし、やがて花を咲かせ、実を結ぶ。ひとつの種の中には、それが可能なシステムが全て詰まっています。植物によっては大きな木へと成長するものもあるでしょう。さらに満開の花を咲かせたり、大きな果実をつけたりするわけですが、それも小さな種にそのシステムが備わっているからこそです。
しかし、そのように順調に成長し、本来持つシステムが正確に作動し花を咲かせ実を結ぶためには、それぞれの植物に適した環境が欠かせません。そうしたシステムが備わっている種であっても水がなければ芽は出ませんし、太陽の光が届かなければ途中で枯れてしまうこともあるでしょう。
人も同じです。それぞれ異なる可能性やポテンシャルを秘めてはいますが、それを結果や成果まで繋げるためには、それぞれに適した環境で仕事や生活を行う必要があるのです。
コーチの役割は、まさにその環境を作り出す、あるいはそうした環境へと導くこと。
そして、そのためには、2つのことを強く意識しなければいけません。
ひとつは、コーチングの対象者、つまりクライアントや部下などの能力やポテンシャルを否定しないことです。むしろ、「彼(ら)には能力がある」と考えておかなければいけません。
もうひとつは、人は幸せになることを望んでおり、仕事においても成果を出すことを望んでいると、常に考えておくことです。
朝目が覚めたとき、人によっては、「今日は良い日になる気がする」や「今日も良い日にするために頑張ろう」とポジティブな思考で起き上がるかもしれません。逆に、「仕事嫌だな」や「今日も会社行かないといけないのか」とネガティブな思考で起き上がる人もいるでしょう。
先生や上司、あるいは親から言われるがままに勉強や仕事をこなし、特に何も成し遂げずに淡々と同じような日々を過ごして人生を終える。このような生き方ももちろん可能です。社会保障制度がある程度整えられている日本であれば、問題なくこのような人生を過ごせるでしょう。
もしかしたら、「夢を追いかけるなんて成熟していない人のすること」と考えていたり、「ポテンシャルなんて自分にはないし、あるかないかわからないそんなものを発揮するために努力なんてしたくはない」と考えていたりする人も多いのかもしれません。
とはいえ、大抵の人は、実は幸せになりたいと望んでいるし、特別な存在になりたいと切望していることも否定はできないでしょう。「才能があるやつはいいよな」と多くの人が口にするのを見ていれば、それは容易に想像できるはず。能力やそれが発揮できるチャンスさえあれば、「自分だって成功者になりたかった」と心のどこかでは思っているはずなのです。
成功者とまではならなくとも、もし誰かに本当に必要にされていると感じ、貢献できていると実感できれば承認欲求が満たされ、自己価値を高めることもできるでしょう。人は自然と、そのような価値のある人生を歩みたいと思っているものなのです。
当然それは、毎日繰り返している中にも求めていること。仕事においてもそうでしょう。もし目標を達成することができれば嬉しいはずですし、成果を出して会社に貢献できれば自己価値が高まるはず。そして、そうなることをそもそも願っているのです。
ところが、日本人には特にその傾向がありますが、自己を卑下し自身の価値を落としがちです。仕事に追われ、上司の顔色を伺い、成果を出したいとか幸せになりたいとか、そうした気持ちをどこかへと置いたままにしてしまうことも珍しくはありません。
そのような部下が、相談へと訪れたとしましょう。「この仕事には向いていないような気がする」「頑張っても結果がついてこない」「モチベーションが上がらない」などと訴えてきたら、コーチである上司はどう答えるべきなのでしょうか。
優秀なコーチであれば、その部下のポテンシャルや能力を信じ、仕事で成果を出したいと考えていることを理解した上で、その部下が自発的に解決策を導き出せるような環境を与えるでしょう。
無能なコーチであれば、最初からその部下には期待していないため、ネガティブな発言をする部下を突き放し、よりモチベーションを下げるような対応をするのではないでしょうか。説教を始めるかもしれませんし、あるいは意味のない説得をするかもしれません。それでその部下の悩みが解決できるかといえば、当然そんなことにはならないのです。
まずは、コーチが部下を認めること。そして、成功や幸せを強く願っているはずだと認識すること。何よりもここからスタートしなければ、正しいコーチングには到達できないと心得ておきましょう。
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