犬をはじめ、人間の教えた芸を忠実に再現する動物は少なくありません。そのような芸は、当然ながら人間が時間をかけて教え込んだものが大半です。
犬にお手をさせたければ、「お手」という声を発するとともに、犬の手を人間の手の上に置くという動作を繰り返し覚えさせます。最初は人間の手を使いその動作をさせるかもしれませんが、その度におやつを与えることで、次第に犬は「お手」の声のみでお手の動作をするようになるわけです。
この手法は、人間にも有効でしょう。人が日常生活の中で何気なく取っている行動は、それを実践することで自らに利益がある、あるいは望んでいるものが手に入るからこそ、その行動を実践しているのです。
例えば、スナック菓子を食べようと思ったら、人はその袋を手やハサミなどを利用して開けるはずです。そうしなければ食べられないので当たり前ですが、その行動こそが、「スナック菓子を食べたい」という欲を満たすために実践している行動ということになります。
その時、自らが食べやすい形に袋を開けるのではないでしょうか。手を選ぶかハサミを選ぶかも、自らが学習し、自分だけの開けやすさを追求しようとするはずです。
こうした行動の習慣化を「強化の原理」と表現することがあります。
大人たちは、この手法を子供たちに対して活用しています。これにより躾を行っているわけです。当然大人も人間ですから、犬や子供と同じように語ると少々誤解を招くかもしれませんが、しかし根本的には同様の手法が使えると考えても問題はないでしょう。
行動を起こせば、それに見合った成果が得られることがあります。さらに成果が欲しければ、同じように行動を起こそうと考え、そして実行するはずです。
コーチの立場にある人はこの原理を利用し、部下やクライアントの行動力や自発力を促すことができ、また、それらを成果を得やすいものへと変えていくことができるのです。
ただ、この手法は一歩間違えると大変な問題を引き起こします。親が子供に対して行う際もそうなのですが、親が望まない行動を子供が取った際に、怒ってしまう人が多いのです。
「きちんと片付けなさい」、「静かにしなさい」、「言うことを聞きなさい」と怒る親は少なくないでしょう。上司が部下に対し、内容は異なるでしょうが本質的には同様の怒り方をすることもあるかもしれません。
これは成果を得ることや褒めることで相手のやる気や行動力を促すやり方とは異なり、罰や恐怖などにより親や上司の思い通りの行動をさせようとする手法です。
これをやるとどうなるか、人間関係や信頼関係の破綻といった事態が生じるリスクが高まります。
親と子であれば、子は親に頼るしかないわけですから簡単には関係の破綻が起こることはありませんが、上司と部下という関係であれば、途端にその関係性は崩れ、それはもう二度と戻ることはないでしょう。
また、成果を得ることや褒められることに比べ、自発的な行動に出ることができなくなるリスクもはらんでいます。自ら行動を起こせば怒られるかもしれないと感じてしまうためです。
上司が部下にすべきことは、怒ることではなく、どうすれば問題を解決できるのかを尋ねたり、具体的な提案をしたりすることです。また、部下の手がけた仕事が納得のいくものでなかったとしても、その中に成果や出来の良い箇所を見つけ、そこを褒めることも忘れてはいけません。
人は認められることにより意欲が湧いてくるため、それを念頭に部下と接することがコーチには求められます。
日本では、往々にして褒めることをしません。怒ることで指導する慣習が根付き、それを変えられる意識を持った人がまだまだ少ないのが現状です。おそらく、感情をぶつけた方が楽なのでしょう。しかし、同時にこれは褒める能力がないことも意味しています。
これでは部下は成長しませんし、新しい発想を生み出すこともできません。仮にアイデアが浮かんだとしても、それを怒りっぽい上司に提案することはしないでしょう。
コーチや上司は、普段からポジティブな感情を言葉にして表現することを習慣づけておく必要があります。最初は恥ずかしいと感じることや抵抗感を持つこともあるかもしれません。しかし、それでは部下を正しくコーチングすることはできないと認識しておくべきです。
部下やクライアントの良い部分を探し見つけ出し、それを指摘し認めた上で改善箇所に言及すること。これができれば、部下やクライアントを正しい方向へと導くことがしやすくなるでしょう。
こうしたことを日々の業務の中で繰り返していくことで「強化の原理」が働き、部下のやる気も引き出すことが可能となります。犬は教えられたことしかしませんが、人はこうした環境の中で仕事をすることで、新しい発想を生み出し、自ら行動するようになる生き物なのです。
それに期待しつつ、時には辛抱しながら人間関係や信頼関係を構築し、コーチングを行っていくよう心がけましょう。
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