人にはそれぞれ価値観や感覚、感情などが存在しています。何か外から情報が入ってくると、それをそうした自らが持つ“個性”により解釈する傾向があるのです。
自らとは思想の異なる、もっと極端に言えば嫌いで嫌いでしょうがない人の言うことは、例えそれが理に適っていたとしても、なかなか受け入れることができないのは、こうした価値観や感覚、感情といった個性が邪魔をしているからです。
これはある程度は致し方ありません。ただ、コーチングを実践するにあたり、こうした傾向はしばしば邪魔なものとなります。部下が話したことに対し、上司が固定観念や自らの感情・感覚のみで反応してしまえば、部下にとって有益な情報が伝わりにくく、よって、上司が考えるような模範解答や斬新なアイデアなどが部下から返ってくることもなくなってしまうでしょう。
コーチは、聴く力を養わなければいけません。それができなければクライアントや部下との間の溝は埋まらず、コーチングの効果も高まらないのです。
では、どのような聴き方をすればコーチングが発揮されるような関係性が構築されるのでしょうか。ここではそれについて解説していきます。
目次
聴く力とは、相手の話していることを理解するということです。当たり前だと思うかもしれませんが、これは言うほど簡単なことではありません。加えて、「私はあなたの言っていることを理解している」ということを相手に伝えることも欠かせません。そうは言っても、部下やクライアントが何か発言する度に、「私はあなたの言っていることを理解していますよ」と言うことなどできないでしょう。
そこで活用したいのが『バックトラッキング』です。
他者の話を聞く際に、相手の放った言葉や表現を、その反応時に取り入れ繰り返す手法をバックトラッキングと言います。
まずは、バックトラッキングを取り入れていない会話を紹介しましょう。
ここで取り上げるのは、子供が志望校を変更した際の父親とのやり取りです。
子供「ねえ、お父さん、Y高校を受験するって言ってたんだけど、Z高校に変えようと思ってるんだけど…」
父親「なぜだ?もう決めてたんだろ?」
普通に行われていそうな会話ですが、父親にこう答えられ質問されると、子供としては行き場がなくなってしまいます。自らの決断が悪いことのように感じてしまい、その場を回避するための言い訳を考える程度の思考しかなくなってしまうでしょう。
次に、バックトラッキングを取り入れた会話を見てみます。
子供「ねえ、お父さん、Y高校を受験するって言ってたんだけど、Z高校に変えようと思ってるんだけど…」
父親「Y高校を受験するって言ってたけど、Z高校を受験したいのか?」
重要と見られる文言を引用し、それを活用しながら質問をしています。非常にシンプルではありますが、これにより子供にとっては、「父親が自分の言ったことを正確に把握した上で、その理由を尋ねている」と感じるはずです。
こう思わせることで子供は自らの意見、つまり本音を言いやすくなるのです。
これは大人の世界でも十分通用するテクニックとなります。特にコーチとクライアント、上司と部下といった上下関係が生じる間柄においては有効で、バックトラッキングを取り入れることにより、コーチングの効果をさらに上げることが可能となるのです。
ではこれを実際に上司と部下といった立場でどう活用できるのか、具体例を交えながら見ていきましょう。
バックトラッキングを取り入れていない場合の会話と、バックトラッキングを取り入れた会話、さらにはコーチングへと昇華させた場合も合わせてチェックしていきます。
上司「A社のプレゼン資料、もうできてるのか?」
部下「いえ、まだ…。例のクレーム処理で手一杯で…」
上司「それとこれとは別だろ。」
部下「いや、まあ、それはそうなんですが…」
よく見られる光景ではないでしょうか。構造としては、上司の質問に対し状況を説明したものの、上司から否定され、部下はそれ以上何も言えなくなったというものです。
これでは、上司が自分の都合や感情を優先し、部下の都合や状況といったものを理解していないように感じられます。
プレゼン資料の準備とクレーム処理の双方を任された部下にとっては、「同時進行するなんて無理に決まってるだろ」という気持ちを抱きかねないでしょう。また今後、何かトラブルが生じたり資料の準備に戸惑ったりした場合、別の上司や先輩に相談したいと考えるはずです。
これでコーチとクライアントとしての信頼関係が果たして築けるでしょうか。部下は上司を信頼していないわけですから、コーチングの効果など見出せるわけがありません。
続いて、バックトラッキングを取り入れた会話を見てみましょう。
上司「A社のプレゼン資料、もうできてるのか?」
部下「いえ、まだ…。例のクレーム処理で手一杯で…」
上司「ああ、例のクレーム処理な。」
部下「はい、少々手こずってまして…」
上司「まあな、あれは確かに手こずるよな。プレゼン資料はどうする?」
部下「そうですよね。とりあえず今日中にフレームだけは形にするので、申し訳ないですけど、明日チェックしてもらえますか。午前中にチェックしていただければ、夕方までには仕上げるので。」
部下の発した言葉の中から重要だと思われる単語、ここでは「クレーム処理」や「手こずる」といった言葉を引用し、上司も会話を展開しています。部下の状況を無視せず、把握・理解した上で、プレゼン資料の行方を気にしているわけです。
このようにバックトラッキングを活用すれば、部下は上司に理解してもらっていると認識し、自ら解決策やそれに繋がるような意見を出してくる可能性が高くなるでしょう。
この後のクレーム処理やプレゼン資料の準備にも「頑張らなければ」という感情が自然と湧いてくるのではないでしょうか。これもバックトラッキングの効果です。
さらにコーチングを意識した会話を見てみたいと思います。
上司「A社のプレゼン資料、もうできてるのか?」
部下「いえ、まだ…。例のクレーム処理で手一杯で…」
上司「ああ、例のクレーム処理な。」
部下「はい、少々手こずってまして…」
上司「まあな、あれは確かに手こずるよな。プレゼン資料はどうする?」
部下「そうですよね。とりあえず今日中にフレームだけは形にするので、申し訳ないですけど、明日チェックしてもらえますか。午前中にチェックしていただければ、夕方までには仕上げるので。」
上司「わかった、そうしよう。クレーム処理も厄介だけど重要だもんな。でも、他の仕事に影響が出ないようにする方法は、何かないものかね。同じような状況が度々あるとプレゼン資料だけじゃなく、他の仕事にも手が回らなくなるだろう。」
部下「確かにそうですね。自分もどうにかして効率よく作業したいんですが…」
上司「どうにかして効率を上げないとな。落ち着いたら話し合ってみようか。」
部下「お願いします。とりあえずA社のプレゼンが終わったら、お時間いただけますか。」
コーチングは、クライアントの抱える問題や課題を自発的に解決へと導くためのものです。バックトラッキングを活用した会話を展開しながら、この問題をどのように解決していけばいいのか部下にも考えてもらうよう、この上司は促しているわけです。
今後どのような話し合いを行うのか、その内容にもよりますが、こうした会話によってそのとっかかりは十分にできたと言えるでしょう。
コーチとクライアントは別の人間です。上司と部下にも当然同じことが言えます。異なる人間同士ですから、考え方や価値観が異なるのも当たり前のこと。ただ、上司は部下とコミュニケーションを積極的に図らなければなりません。
上司が部下の状況や立場を理解しようとしていたとしても、部下が上司とは全く異なる意見を言い放つケースも出てくるでしょう。そのような時には、どのように反応すべきなのでしょうか。
・一方的に否定する
・否定はせずに別の観点から提案する
以上の2つを会話例とともに紹介していきます。
部下「契約数増加に必要なのは、企画書の数だと思います。数打ちゃ当たるで、その方が成約率もアップするはずですから」
上司「いや、企画数が契約数に比例するとは限らないよ。独りよがりな企画を提案しても契約してもらえるはずがない。顧客の需要を取り入れないと意味がないよ」
このような会話が上司と部下の間で行われたと仮定しましょう。
部下は契約数や成約率のアップを狙い、そのための方法として企画書を手当たり次第出すという一つのアイデアを上司に提案しました。それに対して上司は、即座に否定をします。「企画数が契約数に比例するとは限らない」と、上司の考え方や価値観により否定しているわけです。
もちろんそれは上司の経験による見解かもしれませんが、部下としては一方的な否定に、どこか不快感や不信感を持ってしまうことでしょう。
このような否定のされ方をすると、部下はアイデアを伝えることを拒絶し始めます。何を言っても否定されると思い込んでしまうためです。
何も、上司は部下の意見やアイデアを全面的に受け入れなければならないということではありません。そんなことをすれば上司の存在感は皆無となり、部下が企業の命運を握り責任も負うことになってしまい、組織としての構造に歪みが生じることになるでしょう。
重要なのは、部下の意見などに対しての反応の仕方を工夫すること。これがコーチングにとって重要なポイントでありコツとなるのです。
部下「契約数増加に必要なのは、企画書の数だと思います。数打ちゃ当たるで、その方が成約率もアップするはずですから。」
上司「確かに、企画書の数は重要だね。それが増えれば契約数が増える可能性も高まるだろう。ところで、企画書の質や顧客の需要についてはどう考えてる?数も大事だけど、顧客の求めるものであれば、少ない企画数でも成約率が上がるかもしれないよね。膨大な数の企画書を作るのと、数は少ないけれども質の高い企画書を作るのと、どちらに労力をかけるべきだろうか。君なら顧客のニーズを汲み取った質の高い企画書が作れると思うけど、やってみないか?」
一方的に否定する例と異なるのは、まず部下の意見やアイデアを一旦受け入れている点です。バックトラッキングの手法も取り入れながら、相手の言っていることや考えていることを理解することに、まずは努めています。その上で、広い視野を持って考えることを促すような提案を上司は部下に行っているわけです。
これなら、部下はアイデアを出したことを後悔せず、むしろ新しい価値観を与えられたと感じ、「なるほど」と思うのではないでしょうか。上司の言葉の中に、部下自身への期待が込められた表現が含まれていれば尚更でしょう。
コーチングは環境次第でその効果を変えますが、部下と上司の関係であれば、部下が自分の意見やアイデアなどを自発的に発信し、コーチはそれを理解する、そんな環境を作ることがまずは求められます。そのためにはコミュニケーションの手法を重視しなければなりません。
ここで紹介したバックトラッキングや広い視野を持たせる手法を取り入れることで、コーチングの効果を最大限引き出すための環境を作り上げることができるはずです。
優秀なコーチを目指すのであれば、こうしたことを意識することが欠かせません。
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