せっかく学んだコーチングを部下の育成に活かしたい、と考えている管理職の方は多いのではないでしょうか。目標達成をサポートしながらクライアントの成長を促していくコーチングは、職場での人材育成にも効果の高い手法として広く認知されており、多くの企業で導入されています。
ただし、コーチングを「上司」「部下」という関係性の中で行う際には、特に注意しなければならないポイントがいくつかあります。
日常の部下とのコミュニケーションでは特に意識することなく行っていることが、本来のコーチングの目的である「部下の成長や自立」の妨げになることがあるのです。
この記事では、そんな「NGポイント」について、例をあげながら解説していきます。
「答えがでるか不安」…これはコーチングを始めたばかりの頃に陥りがちな感情です。これは、コーチングの基本を知識として身に付けていても、クライアントが本当に答えを持っているかどうかの実感がわかないことが原因の不安です。
プロのコーチでも初めの頃はクライアントの答えを待っている時間が苦痛で、沈黙に耐え切れず「質問の主旨はわかりますか?」などと聞いてしまうことがあるものです。実際のところは、耐え切れないほどの時間ではないはずなのに、こういった「間」が途方もない時間に思えてしまうのです。
なかなかクライアントの答えが出ないと、「たとえば○○をしてみたらどうなると思いますか?」という風に、コーチ自身がクライアントの選択肢を提示したくなったりします。これはコーチングのスキルでいうところのアドバイスに当たりますが、相手の発言を軸にしたアドバイスではなく、あくまでコーチが出した選択肢なので、コーチングとしては失格です。
コーチ自らが選択肢を提示してしまうと、相手は思考停止して、コーチに依存してしまいます。ましてコーチが直属の上司であった場合はなおさらです。コーチが優先すべきなのは、「テンポよく会話を進めること」や「活発に意見が出るように仕向ける」ことではなく、「相手がベストな答えを持っていると信じる」ことなのです。
もしコーチング中に沈黙が生まれたとしても、選択肢を提示するのではなく「もう少しゆっくり考えてみて」「待っているから大丈夫」という声掛けをするのは有効です。コーチの発言は、あくまでクライアントが安心して答えを探すサポートなのです。
むしろ、沈黙も「潜在意識から答を探し出すこと」を促す手段になります。沈黙しているということは相手がしっかり考えているということでもあるので、あえて沈黙を破る必要はないのです。
コーチング初心者が犯しやすいミスに、「答」が確実にありそうなほうに話を誘導するということが挙げられます。
コーチの中に「xという行動プランに導きたい」などの思いがあったりすると、その方向に誘導する質問をしてしまうことがあるのです。
例えば、上司Aさんが部下Bさんに、売上目標の達成というゴールに向けたコーチングをしているとします。
上司A「売上目標を達成するために、どんなことができるだろう?」
部下B「最近新しく開拓したお客様に、もっとわが社の商品を買っていただけるよう働きかけたいです。」
上司A「そのためにはどんな行動が必要かな?」
部下B「新しく開拓したお客様との信頼関係を構築することだと思います。」
上司A「そのために、お客様とどんな話をすればいいと思う?」
これでは、信頼関係構築のために「お客様と話をする」という行動を上司が提示してしまっています。
本来のコーチングであれば、「お客様との信頼関係を構築すること」とBさんが答えたことに対し、コーチは例えば「そのためにあなたができることはなんですか?」など、Bさんの考えを促す質問をすべきでした。「どんな話をすればいいか」という質問は、行動の選択肢の提示です。
質問を創り出す能力は、誰にでも初めから備わっているものではありません。特に、発信にばかり意識が向いている人は、コーチングするときも相手の「問題」に対する答を自分の中から探し、その答に「誘導」できる質問を考えがちです。これはコーチングではなく、ただの操作になってしまいます。
上司が部下に、親が子に、先生が生徒に、とコーチングを行う場合、多くの人が無意識に相手を誘導してしまっています。行っている方は無意識ですが、コーチングされる側はコーチの意図を敏感に察します。そして、自分の潜在意識ではなく、コーチの思惑を探ろうとしてしまうのです。
これではコーチングの効果が得られないのはもちろん、相手は「コーチに思い通りのことを言わされてしまった」というわだかまりを抱えてしまいます。コーチングで相手の思考をサポートするということは、相手の考えを邪魔することではありません。誘導の質問で、クライアントの思考の流れに力を加えないよう意識することが大切です。
時々、形は質問のようだけれど、実際には自分の意見を表明したり、相手を責めたりしている「見せかけの質問」というのがあります。
例えば、「この方法は、本当に効果的なんでしょうか?」という質問。質問の体ではありますが、質問している人は答えを求めているというよりは、「自分はこの方法が効果的とは思えない」という意見を表明しています。
「本当にこれでいいと思ったの?」などは、質問というよりも、非難を込めた「詰問」であったりします。
上司という立場の人がこのような質問をしたら、どうでしょうか。例えば営業成績の振るわない部下に対して、上司が「何度お客さんのところを訪問したの?」と聞いたとします。これは「訪問回数が少ないから受注できないのだ」と言っているのと同じ。まさに、質問に見せかけた叱責ですね。
上司がこのような「見せかけの質問」でコミュニケーションをとると、部下は委縮してしまい、上司が望む返答しかできなくなってしまいます。自分自身と向き合って答えを出すのではなく、「上司が納得する答え」を探り、作り上げてしまうのです。上司にとっては心地よいかもしれませんが、それでは、部下の本当の成長にはつながりません。
本当に部下からの答えをコーチングで導き出したいのであれば、質問の仕方を見直しましょう。先ほどの営業成績についての会話であれば、「お客さんへはどういったアプローチをしていたのか聞かせて欲しい」と言えば、部下も答えやすくなります。
質問で大切なのは、「自分が聞きやすいかどうか」ではなく、「相手が答えやすいかどうか」です。コーチングは質問すれば良いというものではありません。相手側の心の状態に意識を向けるよう、質問を行なってください。
上司と部下の間のコーチングでは、「部下の答えに口を挟まない」ことが大切です。自分自身の「正解」を持っていると、部下の出した答えが不完全に思えて、ついつい口を挟みたくなるのが上司です。
部下にコーチングをしていれば、「間違いに気付いて欲しい」「正しい答えを伝えたい」などと思うことはあるでしょう。その結果、コーチングの最終的な局面で「何かが足りてないけど、何だと思う?」と口頭試問のようになったり、「そんなことにも気づかないのか」などと叱責してしまったり…。これでは、部下の成長・自立を促すというコーチングの目的を達成することはできません。コーチングにおいて上司は部下に口を挟むようなことをしてはいけないのです。
もし答えが間違っていてどうしても口を挟みたくなったとしたら、相手がそれに気付けるような質問を投げてあげましょう。例えば「そのやり方にはどんなメリットとデメリットがある?」といった質問や、「それを継続すると、最終的にはどうなりそう?」といった質問です。
こういった質問をしながら部下と一緒に検証していくと、部下は誤りに気付くことができます。もしくは新しいアイディアを生み出す呼び水になるかもしれませんし、上司の側にも新たな発見があるかもしれません。
ただし、前に書いたような誘導は禁物です。潜在意識を探り、答えを導き出す手助けをするのがコーチングの質問です。「相手の思考を促すための質問」をするよう心がけましょう。
いかがでしたか。普段無意識に行っていることが、せっかくのコーチングの効果を台無しにしかねないということがお分かりいただけたかと思います。
これからの組織では、個人が自立して成長できるかどうか、そして個人の力をいかに発揮できるかががより重要となります。そして、そのような組織の中では、上司は部下の成長をサポートするという大切な役割を担う存在です。
部下の潜在的な能力を最大限に引き出すために、ぜひあなたのコーチングスキルを活用してください。
ブレイクスルー英語コーチ 津田塾大学卒業後、証券会社、PR会社、留学等を経て外資系銀行の広報部にて広報業務全般に従事。東日本大震災をきっかけに、震災復興支援業務に携わるとともにコーチングを学び、現在は【一目置かれる英語を話すための発話・発音コーチング】を提供している。仙台在住。二児の母。コンラボには2016年よりライターとして参画。また、ストレスクリア®コーチとしても活動中。
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