コーチングは、コーチングを受ける人が「自発的に物事に取り組み、新しい発想等を生み出し、その人の中に眠っているポテンシャルを引き出す」ためのものです。上司やコーチという立場の人間にやらされるのではなく、あくまでも自らそれを望んで行動するよう促すことが、コーチングの重要な考え方となります。
コーチングを受ける人が自ら動き出し、アイデアを生み、それを形にしていこうとするための「サポート」をコーチはしなければなりません。これがサポートではなく「ヘルプ」になってしまうと、あまり良い結果は出ないでしょう。
サポートとヘルプを同義と捉える日本人も少なくはありませんが、実際には意味が異なります。「HELP ME!」と外国人が叫ぶ姿を想像してみてください。「自分ではもうどうしようもないから助けてくれ!」と叫んでいる状態なのです。
上司が部下をヘルプしてしまうと、部下は自分の力で何かをする意欲が薄れてしまうでしょう。「上司がやってくれるから、自分は何もしなくてもいい」と思ってしまう恐れがあり、もしそうなれば非常に厄介です。
ここからは、サポートとヘルプの違いを、さらに詳しく解説していきましょう。具体例を見ることで、よりその違いを感じられるでしょう。現在どちらを意識し部下と接しているのかもわかりやすくなるかもしれません。
『お腹を空かせている人が目の前にいます。あなたは魚を釣り上げて、それをその人に与えますか、それとも魚の釣り方を教えてあげますか。』
このような質問をされた時、どう答えるでしょうか。
もう想像がつくと思いますが、魚を釣り上げ、お腹を空かせている人に与えるのは「ヘルプ」の行為です。魚を食べさせてあげれば、とりあえずその場の飢えをしのぐことはできるでしょう。
親切な行為には変わらず、それにより人の命を救うことにもなれば、それはとても良い行いとなるはずです。
しかし、その魚を食べてしばらくすれば、またその人はお腹を減らします。その度に魚を釣り上げて与えていると、どうなるでしょうか。お腹を空かせたら親切な人が魚を釣り上げて与えてくれると考えることで、自ら魚を釣ろうという思考には至らず、ただただ待っているだけの存在になってしまうかもしれません。もしそうなれば、ヘルプは延々と続くことになるでしょう。
部下に対しても、こうしたヘルプをし続ける上司がいます。確かに親切なのかもしれません。上司は上司で、部下を助けている自分に価値を感じ、喜ぶ部下を見て満足感を抱いている可能性もあります。部下を助けることこそが上司の役割である、と強く感じている人もいるでしょう。
部下は部下でヘルプをしてくれる上司に感謝しながらも、どこか自分の都合のいいように考える節があるのではないでしょうか。
どちらの欲も満たされ、どちらも満足するこの状況は“共依存”の状態と表現できそうです。
確かに魚を釣り上げ与え続けてもらえれば、その人は生き続けることができるでしょう。しかし、それだけの存在となってしまいます。上司と部下の関係も同じように考えることができるのではないでしょうか。
過度なヘルプを提供する上司の部下は、とりあえず生き続けてはいますが、それだけの存在でしかありません。「言われたことはできるけど、それ以上のことはできない人」となってしまうのです。もしかしたら、ヘルプがあるおかげで「言われたことすらできない人」となってしまうかもしれません。ヘルプにはそのリスクが常に伴います。
そのような組織は、果たして発展していくのでしょうか。そのような人材を育てて、流動的な現代を勝ち抜いていくような組織や企業が作れるのでしょうか。そもそも、ヘルプを供給し続ける環境では、人材を育てることなど不可能なのかもしれません。
コーチングは非常に難しいものです。自分では良い上司だと思っている人ほど、部下に過剰なヘルプを与えていることに気づかない傾向があります。そのような上司は決まって、「自分で考えて行動しない部下が多くて困る」と嘆いたりするのです。
しかし、それは逆でしょう。過剰に手を貸してしまっていることが、“言うことを聞いてくれるが、自らの意思で自発的に動き出すことをせず、新しい発想も生み出そうとしない部下”を育ててしまっているのです。そのことを嘆かなければいけません。
ヘルプを受けることで生き続けている人の中にも「このままではいけない」と考える人たちは一定数いるものです。「もっと自分で行動しなければ」、「新しい発想を持たなければ」と考える人は少なからず存在していることでしょう。
上司がヘルプばかりで部下を直接的に助けることが日常化されている組織は、一見素晴らしい組織に見えるかもしれません。
しかし、その中で「このままではいけないのではないか」と考える社員が出てきたらどうなるでしょうか。その社員は、自らの能力を最大限発揮できるような別の企業へと移ることを考え出すはずです。自らの成長を優先するのであれば、当然の選択です。
優秀な人材は、優秀であるほど現状に満足することはありません。上司が手を貸し続け、社員一人ひとりが自立することのない組織は、まとまりはあるかもしれませんが、優秀な人物にとっては物足りなさを感じることでしょう。
上司の言うことは聞くけれども、自分でアイデアを生み出したり積極的に行動したりはしない部下ばかりが残った会社の成長には限界があります。そこに到達した時、なぜそのような状態になってしまったのかの原因が見出せず、やがて淘汰されていきます。ヘルプが常態化した組織の末路です。
給料を増やすだけでは新しい発想は浮かんではきません。褒めているだけでも同様です。コーチや上司がそのような考え方を持っている限り、優秀な人材を育てるコーチングはできないでしょう。
サポートとは、魚の釣り方を教えることです。お腹を空かせた時に、いつでも自分の力で魚を釣り上げ、それを食すことができる人を、上司やコーチは育てていかなければいけません。そのためには、ヘルプばかりではいけないことがわかるのではないでしょうか。
もっと言えば、サポートとは、その前提に「この人は学ぶことができる」「この人はポテンシャルを持っている」と認めることが重要になってきます。
もしこのような意識をコーチングをする相手に対して持つことができれば、基本的な魚の釣り方を教えたその先も見据えることができるようになるでしょう。
優秀な人材であれば、必ず成長します。魚を釣り上げることができるようになれば、より多くの魚を求め、釣り方を工夫し出すでしょう。海に魚がこれだけいると認識すれば、自ら海へと潜り出すかもしれません。そこには魚以外の生き物がいることを発見し、今度はそれを捕まえる手段を考え出すはずです。もちろん自らの頭で。
サポートする能力に長けた上司やコーチの元で育てられた部下やクライアントは、まさにこうした成長の軌跡を辿ることになるでしょう。「生き続けさせてもらっている」という意識から「自ら生き続ける」という意識が芽生え、そのために新しいアイデアを出すことや自発的に動くことを好み、積極的に物事へと取り組もうとするはずです。
“自ら生き続ける意識”とは、上司に感謝せずに働くという意味ではありません。むしろ逆です。それ以上に自身に責任があることを自覚し、それを全うしようという思考を持つことができるのです。
責任を表す英単語に「responsibility」というものがあります。これは、反応を表す「response」と、能力を表す「ability」を合わせたものと考えることができます。つまり責任とは、現状に対して正しい認識を持ち、それに対して正しく反応できる能力のことと解釈できるでしょう。
上司のヘルプが度を過ぎれば、部下は現状に対して正しい認識が持てません。仮に持てたとしても、ヘルプが邪魔をして正しく反応することはできないでしょう。その状態が続けば感度が鈍り、責任を持つことができなくなってしまいます。
正しい認識も正しい反応も、全て上司がしてくれると部下が認識すれば、そのような状態に陥ってしまうのは当然のことではないでしょうか。
ヘルプが供給過多となることにより、全て上司任せの部下が育ってしまうリスクが一層高まると、上司やコーチは認識しておくべきなのです。
同様の考え方を持つ部下が増えれば増えるほど、その組織の成長が阻害されてしまいます。優秀な人材の流出も相まって、その組織の行く末は少しずつ、しかし確実に悲惨なものとなっていくことでしょう。
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