コーチングの肝は、コミュニケーションです。部下やクライアントとどれだけ信頼関係を築くことができるのか。その中で、どのようなコミュニケーションを展開していくのかが重要であることは言うまでもないでしょう。
このコミュニケーションによる信頼関係の構築は、心理学用語で『ラポール』と表現することができます。お互いのことを疑わず、意思の疎通が取れている状態のことを指しています。
例えば、付き合いが長く信頼関係が築けている恋人や夫婦は、どことなく仕草や言動などが似てきます。一方がもう一方に似てきたのか、それとも一緒にいることでふたりの間だけの仕草や言動などを作り上げたのか、これはカップルにもよりますが、仲が良ければ良いほど同じような動きをして会話をすることは珍しくなく、街中でもそのような光景を見かけることができるはずです。
これがまさしくラポールで、お互いに心が通じ合い、多くを語らなくても意思の疎通が取れるような状態になっていると考えられます。
コーチと部下・クライアントの間でラポールの状態を作り出すためには、どうすればいいのでしょうか。ここでは具体的な方法を2つ紹介しましょう。
自分の動きと同じ動きを相手がすると、そこに安心感が生まれます。「自分と似ているような気がする」と脳が感じ取るのです。これを『ミラーリング』といいます。鏡に映したように同じ表情や動きをすることから、こう呼ばれているわけです。
このミラーリングはラポールを築くためにすぐにできる方法として知られています。例えば恋愛などにおいても、相手に興味を持ってもらいたければこのミラーリングを活用することで、相手の脳に「この人は自分と同じ価値観を持った人」と思わせやすくなります。
ただ、部下やクライアントとまったく同じ動きや表情、言葉遣いを徹底すればいいわけではありません。ミラーリングには気を付けなければならない点もあります。
想像してみてください。自分の言葉をそのままそっくりと繰り返す人が目の前にいたら、「私のことを馬鹿にしている」と思うのではないでしょうか。過剰なミラーリングは、こうした不快感を相手に与えるリスクがあることを常に頭に入れておきましょう。
イメージとしては、すべてをそっくりそのまま真似るというよりも、息を合わせるといった表現の方が近いかもしれません。ちょうど同じタイミングで同じことをしようとしたのであれば、それは真似とは捉えられず、相手に不快感を与えることもないはずです。
あるいは、相手の行動や言動を理解して、それに適切に合いの手を入れるような形で応じれば、それも効果が期待できるミラーリングとなるでしょう。
バスケットボールやサッカー、バレーボールなどの団体競技を行っていた人は経験があると思いますが、ずっと一緒にプレイしてきた仲間であれば、誰がどのような動きをするのかがわかりますよね。特に声をかけ合わずとも息の合ったプレイができるでしょう。スピードを上げるタイミングや、パスの間合いなどを合わせることができるわけです。
しかし、初めて一緒にプレイする人とは、「なんだかやりにくいな」と感じるはずです。スピードやタイミングがズレることが多いので、そう思ってしまうのも仕方がありません。
他者と心が通じ合っている状態がラポールであり、それを生み出すミラーリングは、こうした連携のようなものであると捉えておくといいでしょう。
これを会話などのコミュニケーションで行う際には、まず目線をお互いに合わせることから始めます。相手の動きの中でも特に大きな動きに合わせて、自分も動いてみましょう。まるで同じ動きをする必要はありません。相手の動きが大きければ、こちらも違う動作だけれども大きな動きをすればいいのです。
相手に動きがあまり見られなければ、こちらも動きを最小限にし、同じような空気感を作り出してあげましょう。
目の高さを合わせるだけでも、このミラーリング効果は発揮されます。子供と話す際に、大人が立ったまま話せば、子供は威圧感を感じ心から話をすることが難しくなるはずです。しかし、大人が腰を下ろし膝を地面につけるなどして子供と目線を合わせることで、子供は心を開きやすくなり、感じていることを素直に口にしてくれやすくなります。
これがミラーリングであり、ラポールの構築へと繋がるわけです。
これと同じような行動は、病院などでもしばしば行われています。看護師や医師の中には、ベッドに寝ている患者に意図的に目線を合わせ、体の調子や状態をできるだけ詳細に聞き出そうとするのです。
仕草や動作、その大きさや目線を合わせ、表情などもできる限り合わせながらコミュニケーションを取っていくと、少しずつ部下やクライアントは心を開き、ラポールの状態へと近づいていきます。
相手に違和感を与えないように注意しなければなりませんが、上手にミラーリングを行えれば、部下やクライアントは上司やコーチに対して心を開き、親近感が芽生え、コーチングを素直に受け入れる状態を作り上げてくれるでしょう。
目で見た際の動作やその大きさなどを合わせることをミラーリングと表現しましたが、目には見えない部分を合わせることも、ラポールの状態を作り出すために必要な要素となってきます。
それが、『ペーシング』です。
ペーシングとは、例えば話し方を合わせることを言います。話すスピードであったりテンポであったり、抑揚であったり声のトーンや声量であったり、こうしたことを合わせると、相手はさらに親近感を覚え、より密なコミュニケーションを取ることが可能な状態になるでしょう。
もし部下やクライアントがゆっくりと話すような人であれば、上司やコーチも、それに合わせゆっくりと話すように心がけます。相手の話すスピードが速いにもかかわらず、こちらの話すスピードが遅ければ、相手はリズムを上手に取ることができず、その結果、「この人とは合わない、何を言っても無駄だろう」と思い込んでしまうでしょう。
このペーシングが生かされる職種があります。コールセンターのオペレーターです。
この職種に就く人は、初めての相手と話さなければならず、しかもその相手の顔は見えません。相手もこちらの顔が見えないので、声のみで判断し、相手を満足させなければいけないのです。
成績の良いオペレーターは、常に同じではなく、相手に合わせた話し方をします。逆に、成績の出せないオペレーターは、常に自分のペースで話すので、相手によっては不快感や違和感を感じてしまうでしょう。顔が見えないからこそペーシングが重要なテクニックとなり、それにより心地良さを提供しているのが、優秀なオペレーターなのです。
このペーシングは、会話の内容にも及びます。一例として、次の会話を見てみましょう。
A:昨日、美味しいって評判のパンケーキ屋さんに行ったんだけど、評判通り、ものすごく美味しかったよ。
B:ふーん。私、甘いもの苦手なんだよね。
どうでしょうか、この会話でAとBの間にラポールの状態は築けるでしょうか。言うまでもなく、無理です。
では、次の会話ならどうでしょう。
A:昨日、美味しいって評判のパンケーキ屋さんに行ったんだけど、評判通り、ものすごく美味しかったよ。
B:そうなんだ。私、甘いもの苦手なんだけど、そんなに美味しいなら興味あるな。どんなパンケーキだったの?
会話の内容自体は、さほど変わりません。Bは甘いものが苦手であることも告白しています。しかし、このような会話であれば、その内容にペーシングの技術が取り入れられているため、ラポールを築く土台程度はできるのではないでしょうか。
他にも、その場の空気や雰囲気、あるいは相手の感覚や感情などにペーシングのテクニックを活用することも可能です。
精神的に参っている人に、「頑張れ」という言葉は禁句であると、耳にしたことはないでしょうか。この励まし方の問題点は、ペーシングを無視しているところにあります。相手の感情や精神的状態に寄り添っていないのです。
相手のことを考えれば、ここはむやみやたらに励ますのではなく、そばにいてあげることや、全く関係のない話題にもっていくことが上手な接し方となるでしょう。
誰かの結婚式や誕生日会に招待されて、そこで「何が幸せなんだか」、「どこがハッピーなの?」なんて言う人は、まずいません。心の中でそう思っていたとしても、絶対に口には出さないはずです。むしろ笑顔で「おめでとう!」と声を掛けるでしょう。
そうすることで、その会場に幸せな空気が広がり、錯覚かもしれませんがラポールに似た状態が出来上がることがあります。これもペーシングの一種なのです。
ミラーリングとペーシングを行うことで作り出されるラポールは、コーチとクライアントの関係性を、より強固なものとします。ここまでもってくることができれば、コーチングの効果もかなり高めることができるでしょう。相手も素直にコーチの言うことを聞きますし、それを積極的に取り入れようとするためです。
コーチとクライアント、上司と部下には確かに上下関係があるのかもしれません。しかし、それをできるだけ意識させないことがラポールの状態を作り出し、コーチングのしやすさや効果へと繋がると認識しておきましょう。
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